※女体化ネタです
※鉄道員が少し出てきます



「おはようございます」
「おは……」
「ノボリさんおはようございます、すいません少し聞きたい……こと、が……」
「エ、……ボス?」

 なんでしょうか。そうキリッと答える黒い制服を身にまとった人物に朝礼のため事務所へ集まっていた職員は声をかけるのを躊躇った。凛とした姿勢、銀髪、銀の目、サブウェイマスターのみに着ることの許された黒の制服。それだけを見るならばサブウェイマスターのノボリその人である。
 しかしその人物が通常よりも20センチほど身長が縮み、身体は柔らかな曲線を描いており、その声はソプラノ。合わない服を無理に着てきたのかぶかぶかな制服。

 まごうことなく女性だった。
 その日バトルサブウェイに悲鳴が木霊した。





「ええええええ、なにこれどうしたのすっごいこれ」
「触らないでくださいまし」

 べしりと手をはたき落とされたがそのようなことはこの目の前の超常現象に比べれば瑣末なことでしか無く、クダリは手の痛みも忘れて感嘆の声を上げ続けた。げんなりとしてきたノボリを見てようやく頭が働きだした職員がクダリを引き離し、落ち着いて話ができる状況になる。

「朝起きたらこうなっておりました」
「……」
「……」
「えっそれだけ?」

 あまりに簡潔な説明にその場にいた全員が肩透かしを食らったような気分になった。

「休んで業務に支障が出るほうが問題だと思いましたので」
「クールすぎるよ!」
「クール言うよりもワーカーホリックやな」

 周りの言葉を無視し、朝礼の準備を始めたノボリをクダリはちょっと待って、と止めに入る。下からの角度で睨まれて、ようやくクダリは今の状況を把握できたように感じた。

「さすがにこのままでいいわけ無いよ」
「ですが……」
「ボスがよくてもお客さんはそうじゃないですよきっと」
「ウンウン普通ニ考エテ性転換ナンテ思ワナイヨ。ダレコノ人ッテナルッテ」
「それにノボリ混乱してる。仕事ににげようとしてるだけでしょ」

 クダリに言われ、ノボリが目を伏せたのを見て男衆はようやくそのことに思い至った。確かに、朝目が覚めると自分は女になっているなんて状況、普通は受け入れることはできない。しかし理由も戻る方法も分からなく受け入れるしかない状況で、仮病を使って休むなどと思い至りもしない生真面目なノボリが何で心を紛らわせようとするかなど想像に難くない。

 ――ごめんよボスおもしろがって
 ――そうですよね不安に決まってますよね
 ――一番怖いんはボスやって忘れてたわすまん
 ――シカシ華奢ダナボス可愛イ

 と思い思いに反省をして、ノボリの空いた穴をどう埋めるかの話し合いを始めることにした。

「貴方たち……ありがとうございます」

 しかし女性になってはにかむように笑うノボリは可愛かった。





「それで、私が呼ばれたワケは?」
「恋人じゃん! 様子みてあげててよ」

 あまりにも冷たい反応にクダリは声を上げた。ノボリは変わり果てた姿を見られたくは無かったようで逃げ出そうとしたところをクダリに捕獲され腕を掴まれたまま借りてきたチェロネコのように大人しくしている。最初は暴れたノボリだが、今の姿ではクダリに敵わないと悟ってからは可哀相になるほどに落ち込んでしまっていた。
 恋人が突然性転換をしてしまったというのにやけに反応がうすいな、とクダリが思っているとおもむろには手をノボリに伸ばし、胸元をタッチして思わず吹き出した。

「ワァオ……ホントに女の子になっちゃったんだ」
「っあ、や、やめてください……!」

 ぐにぐにと小さな胸を絶妙な力加減で揉みしだき、ノボリは行き成りの刺激に声をあげてしまう。はそれを無視してノボリの空いている腕を掴んで抵抗を出来なくする。
 しばらく呆然とそれを見ていたクダリはようやく自分がノボリの片手の自由を奪っていることに気付き手を離すがそれはもう遅すぎたようで、顔を真っ赤にして涙目なノボリを見て非常に複雑な気持ちと罪悪感を抱く羽目になった。

「もー! そういうことは二人っきりのところでやってよね!」
「ク、クダリ、貴方わたくしを見捨てる気ですか」
「なに言ってんの、ぼくがノボリのぬけた穴うめないでどうするのさ! ふたりで解決策でもさぐっててよ」

 ノボリが恋人であるに今の姿を見られたくないと思っているのは分かっていたが、このような異常事態、話せるのは限られた人間になる。唯でさえ立場のある人間であるので余計な噂は立てないに越したことはない。
 に隠すにしても、いつ戻るか分からない状況ならば心配もかけないために早めに告げておいた方がいいとクダリは判断したのだ。色々な知識を持つならばなにかいい妙案を思い付いてくれるかもしれないという期待もあった。

「ノボリのことおねがいね、
「うん、任せて」

 だからがにこりと笑ったとき、どこか悪戯を企んでいる子供のよう顔をしたことにクダリは気が付かなかった。





 とりあえずパターンとしてこれは欠かせないファクターなのでキスしましょう。と何が何だかわからない内に押し倒されたノボリはの少しだけ残念そうな瞳の中に自分の白黒と目を回している姿を見てようやくに唇を奪われたことに気付いた。気付いたからには顔に熱が集まる他無く、顔を赤くしながらに説明を求めると「お姫様の呪いは王子様のキスで解けるものでしょ?」と真顔で言われ、ツッコミどころが満載にも関わらずの手により調教済みのノボリはなるほど…と納得をしてしまった。
 それがつい一時間前の出来事である。現在、ノボリとはある研究者の元へと訪れていた。

「生物学的に、今ノボリさんは男性なんですよ」
「……? それは」
「つまり、この胸は偽物ってこと?」
「ひあァっ!?」

 コーヒーのおかわりを淹れに行っていたはずのがいつの間にか背後にいて、後ろから胸を鷲掴みにされたノボリは油断していた所為もありあられもない声を上げてしまった。

さまっ!人前ですよ!!」
「あ、全然大丈夫ですよ!の奇行には慣れてるんで!」
「ほらノボリ、許可が出たことだし」
「あああああなたがたの友情は少しおかしいです!!!!」

 顔を真っ赤にさせながら距離を取られ、あまり反省をしていないように謝りながらもはノボリ取られた距離を自然に詰めてソファに座った。にすぐ横に座られて少し緊張気味のノボリもマコモがいいですか?と声をかけると直ぐに姿勢を正し、は小さく笑った。

「さっきデータを取らせてもらった結果、ノボリさんの染色体は男性のXY型のまま。女性の染色体のXX型ではなかったんです」
「しかし……」
「感触は本物だったけど?」
「……様」
「はいはい黙ってますー」

 ごほん、と何かを誤魔化すようにノボリは咳払いをしてマコモに向き直った。

「今のこの状態は、何らかの力による……例えばエスパーポケモンによる幻覚、と言う事ですか?」
「少し違いますが、近いです。データを取らせてもらって分かったことなんですけど、ノボリさんを包む波長が私の研究しているものの波長とぴったり合わさったんです。私の研究内容な夢…つまりですね、現在ノボリさんには強い夢の力が働いていて、それが何故か綺麗に固定をされてしまっているんです」
「ゆ、め…というのは、ハイリンクの、ことでしょうか」

 ええ、とマコモが頷く。

「一般的に夢の世界のものを現実に持ち寄るには、ハイリンクを経由しなければいけない、という約束事があるんです。このイッシュ特有の磁気場がそれを可能にしているんですけど、あ、これはわたしの研究課題で研究途中のものなんで暫定情報なんですけど、このまま話を進めていきますね。ノボリさん、最近ハイリンクへと飛びましたか?」
「いえ……、最近は忙しかったもので、ここしばらくはハイリンクへは向かっておりません」
「一応聞くけどは?」
「行ってないよ」

 がそう言うとマコモな何かグラフの映ったモニターを二人に見せ、それの説明をする。

「3日前……モニターにあるデータが飛び込んできたんです。簡単に説明しますと、この波長、ハイリンクの中の波長と同じなんです。でも計測されたのはその外……ちょうどライモンシティのある場所です。しかもライモンの中の、この場所……バトルサブウェイ。今までこんなこと無かったので慌てて調査に行ったところですね、いたんですよ。ダークライを持っているシンオウから来たトレーナーが」
「ダークライ……シンオウ地方の伝説のポケモン。能力が高いためバトルサブウェイでの使用は禁止しているポケモンです」
「さすがサブウェイマスター、ご存知でしたか。そのトレーナーもその事をそこで知ったらしくですね、でもバトル出来ないのは悔しいからって外の広場のフリーバトルコーナーで何人かのトレーナーと戦ったらしいんです。ダークライはナイトメアという、夢を操るポケモンだと言われています。そしてこのイッシュ地方は不思議な力場の働く場所……不思議な事が起こっても、おかしくない状態まで力が高まってしまったんです」

 だがデータを見ても、その高まった力が暴走する気配も無く徐々に収まっていった。そのダークライのトレーナーもシンオウへと帰っていったし何事もなかったかのように思えたが、今日ノボリとが飛び込んできたということだ。

「……大体の原因は分かりました。わたくしの他にもそのナイトメアの影響を受けている方がいるということでしょうか?」
「いえ、それはないはずです。実はですね、今日の朝方に強い波長のデータが現れていたんですよ。徐々に収まっていたところに、最後の灯火と言うんでしょうか、爆発的なエネルギーが」
「それがわたくしのこの……姿の原因だと?」
「はい。何故3日目にしてそれが現れたのかは不明なんですが、そのエネルギーの観測地点というのが、先ほど聞いたノボリさんの自宅からというので間違いがないのです。そしてそのエネルギーの観測を最後に、普段はあるはずのない夢の波長は完全に消えました」
「話は分かりました。……それで、わたくしは元に戻るのでしょうか?」

 本来ならばそれを一番に聞きたかったはずだ。けれどもまずが原因になったものを理解しなくてはどうにもできないと思いノボリはマコモの話を聞いていた。

「はい、もちろんです。先ほども言いましたが本来、夢を現実に影響させるにはハイリンクの力が必要です。でもその手順を踏んでいないのにノボリさんにはその影響が出ている。それはダークライという特別な能力を持つポケモンの力が原因である。でもいくらこのイッシュ地方が夢の力を受けやすい場所だからと言って、そう簡単に夢が具現化されるはずはないんです。それを可能にするにはナイトメアの力を固定する、なにか媒体になるアイテムのうようなものが必要になります。その解析さえ出来れば、ちゃんと戻ることが出来ますよ」
「固定するアイテム?」
「はい。具体的に言うと、のポケットの中に入っているパルキアというポケモンのしらたま、というアイテムなんですけど」

 マイペースにコーヒーを飲むに、その場にいる全員の視線が集まった。そしてその視線を受けたはああ、と頷いてポケットからつるりとした球体を取り出した。

「なっ、ななななななな何故、様が、そのような物を持っているのですか!?」
「この前さぁ、シンオウ地方の人とポケモン交換したらこの道具をポケモンが持ってて」

 まさかこんなことになるなんてねぇ! びっくりびっくり! と笑うにノボリはどんな言葉をかければいいのか分からなかった。つまり今回のこの騒動、偶然に偶然が重なり引き起こった事だということか。元に戻ることが出来る。自分の他に被害を受けた者はいない。そのことが分かってノボリは一気に体の力が抜けた。ようやく息が出来たような気分だ。自分だけがこのようなことに巻き込まれたことに疑問はあるが、バトルサブウェイという場所においてノボリは責任者であり看板だ。しかも三日前というとクダリが風邪をひいてしまい休んだ日でもある。そんな場所でノボリになんらかの影響が出てもおかしくはない、と納得も出来た。
 からしらたまを受け取ったマコモはそれを実験器具の上へ乗せ、色々な機械を動かしてそれを調べ始めた。研究者でないとノボリは動くグラフを見てもマコモの驚きや喜びの声に共感することができないので大人しく後ろで見守る。

「はっはーん……なるほどなるほど、へぇ! おもしろーい!」

 数値を読み取りながら頷くマコモを見つめながら、ノボリは冷たくなったコーヒーを飲んだ。先ほどは何の味も感じなかったが今はちゃんと味がある。

「解析終わりました!」

 暫くからのセクハラ攻撃にも耐え、時間が経ったところでマコモから声がかけられた。危なかった。もう少し声をかけられるのが遅かったらシャツをひん剥かれるところだった。マコモはそんな二人の様子にも動じず、結果を告げる。

「どうやらこのしらたまにダークライのナイトメアの力が封じ込められていた状態だったみたいです。何故ノボリさんだったかと言うと、ノボリさんが一番の側にいたから、と考えるのが妥当でしょう。ノボリさんにかかっているナイトメアの影響、ダークライは既にいませんし、1日、長くても2日で効果は切れるみたいです」

 それを聞いてほっとした。最初のうちはこれから一生性別が変わったまま生きていくのかとも覚悟したくらいだった。
 効果が切れるまではそのままなので、やりたいことあったら今のうちですよ。と言われ苦笑いをしてしまったが心は軽い。と帰り支度を始め、先に準備が出来たノボリはに先に玄関に出ててくれる?と言われて部屋を出た。



「ねぇ。ノボリさんはそれどころじゃなかったから言わなかったんだけど、」
「”ノボリが女の子になるという夢を見た人物がいる”……ってことでしょ。しかもただの夢ではなく、強い欲望として。そしてそれを叶えてしまう道具をその人物は持っていた」
「3日前に珍しいポケモンとバトルできたって喜んでたよね」
「まさかこんな副産物までもらえるとは思ってなかったけどね?」
「今度もりのようかん買ってきてくれたら黙っててあげるよ」

 にやりと笑うマコモを見て、交渉成立と言うべくはマコモに負けないくらいのいい笑顔で笑った。
 ノボリはこの二人は似ていない、と評価したが、案外似た者同士なのである。





 元に戻ると分かったのならばこの世にも珍しい現象が終わる前に楽しまなくては損、というに引っ張られ、ノボリはとライモンの街を歩いていた。もちろんノボリは着替え済みである。

様……わ、わたくしこの姿は些か恥ずかしいところが……」
「なぁに言ってるの?こんなに綺麗な足なんだから出さなきゃもったいない」

 元のノボリも長身、そして長い手足が特徴的であったが、それは女になっても変わりがなかった。服を選ぶ際、スラリとした白い手足を惜しげもなく出す服をに選ばれノボリは慌てたが店員とのタッグにただでさえ女性モノのファッションに疎いノボリはあれよあれよと言い包められ着せ替え人形のようになっていた。ようやく店内ファッションショーから解放された時には既にノボリにはに抵抗する元気など残っていなかった。
 街を歩いてみて、いつもとは視線の種類が違うことにノボリは気付いた。それなりに有名であるノボリはその長身も含めこのライモンの街では目立つ存在だ。老若男女の区別なく視線を集める存在であるが、今は圧倒的に男性からの視線が多い。先ほどから何度もと共に声をかけられていて、最初はを守ろうと前へ出ていたがそのナンパが ”自分も含めて” だと気付いてからは強く出れなくなってしまった。同じ男であるはずの相手にそのように見られることが怖くなってしまったのだ。
 二人で共に歩き、久しぶりのデートに喜んでいるを見るのは嬉しい。けれど、今この姿であることが、ノボリの男である部分を傷つける。
 それが顔に出てしまっていたのか、が申し訳なさそうにもう帰る? と言ってきてつい肯定をするように繋いでいた手を強く握ってしまう。

「……ごめんね。私はしゃぎすぎちゃった」
「いいえ!謝ることではありません。わたくしこそ申し訳ありません……。あの、最後に観覧車へと乗りませんか?」



「これに乗るのも久しぶりだねー」
「はい。なんだか懐かしささえ覚えます」

 ゆっくりと上昇し、ライモンの夜の街が徐々に見渡せるようになる中、ノボリとは向かい合って膝と膝をくっつけていた。いつもとは違うとの距離感にノボリはなんだか不思議な気持ちになる。
 は本当はどう思っているのだろうか。行き成り自分と同じ性別になった恋人を、気持ち悪くは思わなかったのだろうか。戻るということはもう分かった。だが分かったからこそ、分からなくて混乱をしていた時には考えていなかった心配事が頭に浮かぶ。

「色々とあって、今日は疲れた?」
「少し……。ですが様と今日一日一緒にいられて、嬉しかったです」
「私もよ」

 手を握られる。様。あなたの握っているその手は、あなたが愛してくれた男とはかけ離れた手なのです。それなのに、いつものように握ってくださるのですか? 本当にこの姿でも、あなたは愛してくださるのですか?
 と触れていると、心がおかしなことになってしまう。先ほどとは真逆の事を考えてしまう。の前では、冷静でいられなくなる。
 頂上が近付いて来た。以前に一度だけ、とこの観覧車に乗ったことがある。その時はちょうど頂上で、初めてのキスをした。
 を見るとも同じことを思い出していたようで、少しだけ熱っぽい視線だった。

「っ様……」

 顔が近付き、もうあと数センチで唇が重なるところでノボリは今自分が ”女” であることを思い出し離れかける。が、は逃げることを許してはくれず、ノボリの側に観覧車が傾く形でキスをされた。ただ唇をくっつけるだけの戯れのようなものから始まり、耳を撫でられながら深く、けれども優しく。顔が離れてと視線が合う。の熱っぽい瞳の中に、自分の浅ましい顔が映りこんでいてノボリは目を逸らした。思わず涙がにじむ。

「ノボリ、どうしたの? どこか痛い?」
「いえっ、わたくし、わたくし……!」
「よしよし、泣かないで。私が付いてるから。なんにも怖いことなんてないのよ」

 の胸に飛び込む形で頭を撫でられて、ノボリは胸の中にある気持ちを吐き出した。

「わたくし、自分で自分が嫌になるのです……っ! 今日は正直、自分が女性であることが嫌でした。男性に女性として見られるのも、わたくしは様の恋人なのにそう見られないのも、全て胸の中がモヤモヤとしたのですっ。それなのに、様と触れ合い、いつもとは違う感覚になったのを自覚致しました。いつもと違う風景、いつもと違う様の指……それが、たまらないと思ってしまったのです。女性として、様を愛してみたい……そう、思ってしまった自分がいるのです……っ」

 自分がここまで独占欲の強い人間だなんて知らなかった。男であっても女であってもを自分だけのものにしたい。自分だけを見て欲しい。性別が変わることなんての前では些細なことでしかなかった。それが分かってしまったことが怖かった。

「ちっくしょう可愛いな滅茶苦茶に犯したい……」

 小声で、ここが観覧車という密室でなかったならば聞こえなかっただろうほどの小声で、は何かを呟いた。思わずノボリは一端から距離を取り、目をパチクリとさせて聞き返す。

「い、今なんと?」
「おっと」

 いっけね。と普段では決して見られない様な可愛らしい笑顔で悪戯がばれた子供のように笑うに少しだけ胸がときめいてしまったが今はそれどころではない。なんだかとんでもない発言をノボリの耳が受け止め脳が処理したような気がする。ふらりとよろけたノボリをすかさずに抱きとめられ、やけにキラキラとした瞳のを見た瞬間に全てが事実なのだと理解した。

「ごめんねノボリ。まさかノボリがそんな事を思ってるなんて私思わなかったの……突然女の子になっちゃって、精神的に不安定になっているから私が支えてあげなきゃな、って私は思ってたのよ? ノボリは女の子でもとっても素敵だなァ、どんな声で鳴いてくれるのかなァ、ああ思い切り可愛がってあげたいなァってずっとずっと思ってたけど、弱っているノボリにそんなこと出来る筈ないじゃない」

 そこまで無節操と思われるのも嫌だしさぁ、あ、無節操になるのはノボリにだけだよ? そこは勘違いしないでね? と続けられた言葉にノボリは己の処理能力が大幅にダウンしていることに気付いた。ええと、つまりはどういうことだ?

「……でも今の言葉、誘ってるとみなして、いいわよね?」

 ――ガコン
 ちょうど観覧車が一周したようで、扉が開きに手を引っ張られてそこから降りる。なんだか足元がふわふわとしている。

「ねぇ、折角なんだから楽しみましょう?」

 普段見れないノボリ、たくさん見たいな。滅多にない恋人のわがままとその狙った獲物は逃がしはしないと物語る鋭い眼光に、ノボリは頷く以外の選択肢を選べるはずがなかった。





 マメパトのさえずる声が聞こえて、カーテンから漏れる朝日を受けてぼんやりとしていた頭は一気に覚醒をした。

「寝坊っ!?」

 時計を見ると既に時刻は普段ならば朝礼の準備を事務所でしている時間。今まで規則正しい生活で培われた体内時計により無遅刻無欠席を誇ってきたのだが今回ばかりは肉体の疲労に体内時計もアラーム機能をオフにしていたようだ。慌ててベッドから降りて散らばった服を身に付けようとしたが、後ろから伸びてきた手によって再びベッドの上にやや乱暴に戻された。

「モーニン、ノボリ」
様……っ! わ、わたくし今は非常事態でして、このようなことをしている場合ではっ」
「んー……? ノボリ、まだ頭働いて無いの?」

 馬乗りにされて耳を撫でられ、昨晩のの手を思い出して顔が赤くなるのを自覚しながら彼女の手を掴み上半身を起き上がらせる。そこでようやくハッとして、自分の体を見下ろす。真っ平らな胸に、筋肉がついて柔らかさとは無縁の腕。いつもと同じとの距離。

「戻って……ます」
「私は一回起きてソレ気付いてた。ウフ、どんだけ仕事中毒なんでしょうねぇサブウェイマスター様は」

 に少し怒っている様子で頬を引っ張られ、自覚が無かっただけにそれを甘んじて受ける。しかし本当に、性別が変わったことで普段以上に録に抵抗の出来なかった昨晩と、そのフラッシュバックと比べてすんなりとを退かせることの出来た先ほどの差異を感じることでようやく己の体の変化に気付いたのだから、どれだけ頭の中が仕事のことでいっぱいになっていたのか。
 そして落ち着いてきてようやく、昨夜元に戻る手段が見つかったと報告をしたのと、表向きは急病で、本当は念のため様子を見るため、と5日ほど特別に休暇をもらっていたことも思い出す。

「その様子じゃ色々頭回りだしたみたいね?」
「はい、……あの、騒がしくして申し訳ありませんでした」
「非常事態だから私と触れ合ってる場合じゃなかったもんねー?」
「うっ、いえあの」
「はいはい確認しまーす。どこか変なところは?」
「いえ……特にはありません」
「ふむ、一回立って……はい回ってー……、うん大丈夫そうね。気分悪くは無い?」
「はい、今のところなにも問題はありません」
「朝ごはん何食べたい?」
「買い置きも無くなりそうですし、一気に冷蔵庫の中を片付けるためスープを作ります。確かパンも少し残っていたはずですのでそれで」
「昨日の夜はどこが一番気持ちよかった?」
「やはり男女では感覚機能が違うのでしょうか、普段よりも左胸の感度、が……っ様!!」
「あははっ!」

 とりあえず今日はまだ様子見ね。と顔を赤くしているノボリに告げてはベッドから降りて服を身につける。なんでもかんでも引き受けたがるせいでひと月のうち半分以上ハードスケジュール、デートをする暇も最近はなかった中の休暇である。クダリには悪いが、少しだけ楽しませてもらうつもりだ。
 も同じ気持ちなのだろう、振り向くの悪戯そうな瞳を見て、心の中でクダリに5日間よろしくお願いしますね、と謝罪をする。このようにゆっくりとしたふたりの時間というのも久しぶりだ。楽しい、というのも大きかったのだろうが昨晩のの容赦の無さは、普段溜まった欲求でもあったのだろうし、休みを得たとはいえ仕事に行ってしまうかもしれないノボリを引き止める要素の一つにするつもりだったのかもしれない。休日だと意識をすると体の節々が少し痛むのと声が掠れているのにも気付く。もう一度寝てしまおうか、とも思っているとそれを察したのかにベッドに押し倒されて、自身もノボリの横に寝そべる。彼女が起きたのはノボリが騒がしくしたのもあって、普段はもっと遅くまで寝ているようなタイプだ。
 二人くっつきながら夢の中にまどろもうとした穏やかな空気を壊すバタバタとした音が――……

「ノボリ! っ! これどういうことなのおーーー!!」

 えーん、とノボリには有り得なかったたわわな胸を揺らしながら飛び込んできたクダリに、飛び起きながら若干の嫉妬をしてしまったのはノボリだけの秘密だ。

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