Mas odioso voce quem eu gosto e como isto,
e e insuportavel!



「わぁお……」

 神などいない。酷い。これは酷い。
 クダリに散々な目に遭わされてから一夜開けて、私は鏡に映る姿に呆然とした。はっきりバッチリと跡が残っている。痣が出来るまで噛み付くなんてあの男は本当にどういうつもりなんだ。クダリに噛み付かれた右肩を触ると微かに痛い。そしてそこには、見るものが見たらお盛んですね、どんなプレイを? と思わず聞きたくなってしまうような歯型が残っていた。問題は、そのプレイの相手が恋人で無かったということか。



様。もうお加減はよろしいのでしょうか?』
「うん、大丈夫。昨日はごめんね」

 ダブルトレインサブウェイマスタークダリによる帰宅直前襲撃事件のおかげで昨日の私の予定は全て狂ってしまった。一度は昼間の事のお陰でノボリとイチャイチャできる口実も出来たし不幸中の幸いね! とすっかりとノボリに癒されて満足な私はそう思ってしまったのだが、クダリを甘く見ていたら痛い目に合うという事を私は綺麗に失念していたらしい。クダリに再び戦闘不能直前まで追い込まれ、私はその日ノボリに会いにいく予定を急遽変更する羽目になってしまった。

『申し訳ありませんでした。様の様子がどこかおかしいことには気付いていたのですが……』
「ううん。私の都合で振り回されたノボリはもっと文句言っていいくらいなのよ」

 実際、ノボリにあの倉庫で慰めてもらった後はポケモンセンターで回復してもらった並に回復をしていたのだ。クダリの襲撃さえ無ければ問題は無かったわけだが、あろうことかあの男、計算ずくかは分からないがこれからノボリに会いにいくと知っているにも関わらずあんなことをしてきた。あんな状態でノボリに会えるはずがない。会ってはいけないと、私の中の何かが決断を下した。
 あの人畜無害そうな笑顔で近付いて来られたらどうも油断をしてしまう。それは出会った当時からそうだったが、あの男は人の懐に入ってくるのが上手いのだ。逆にノボリは見えない壁をこちらに気付かせないように張っているタイプで、難攻不落な程燃え上がる私としては中々に手応えのある相手だったわけである。長きに渡る攻略の末ノボリの最初の頃の営業の顔を取り払い、初めてのデレを頂いた時は震えたね。あの時はまだノボリルートを確定しこんな関係になるだなんて思っていなかったから、人生何が起こるか分からない。まぁ、今はその”人生何が起こるか分からない(クダリver)”に振り回さているのだから、本当良くも悪くも、という感じだ。

 今度埋め合わせをするから、とノボリと約束しライブキャスターを切る。本日の充電完了。だがいつまでも幸せな気分に浸ってるわけにもいかず、頭の中で色々と想定をする。が、ことごとくクダリに振り回される図しか浮かばないのは、今の私が状態異常になっているからだろうか。
 暫くはバトルサブウェイに近付かないようにしよう。と未だクダリの真意もわからず、いたずらにかき乱されるのは性に合わないのでそう決意する。問題から逃げるようで本来ならば私の性格上あまり取りたくない作戦ではあるのだが、なにぶんこれはデリケートな問題だ。ノボリのこともあるし、一度クダリと腹を割って話す機会は作らなくてはならない。しかしその前に私は回復とその時のためのシュミレーションを繰り返す事が必要なのだ。決してクダリに会うのが怖いとかいつもと違うクダリにビビってしまったとかそういんじゃないのでか、勘違いしないでよねっ!
 さぁて気晴らしに外に出て暴れようかな、いやその前に今日いい天気だし洗濯をしなければ、と昨日着ていた上着を拾う。と、カツン、と何かが落ちる音がした。なんだなんだ?と音のしたところを見ると、なにやらイヤホンのようなものが転がっていた。不思議に思いそれをつまみあげると手書きで『持ち出し禁止』の文字。なんだか嫌な予感がしてぐるりと全体を眺めるとその文字の下にご丁寧に『クダリ専用』とまで書いてあった。

「……ああもう!」





「わぁ、ありがとう! これずっと探してたんだー。はぁこれでクラウドに怒られなくてすむや」

 無邪気に喜ぶ男を見て本当にこいつは成人男性なのだろうかとつい思ってしまう。双子なのだからノボリと同じ年なのは間違いないし、責任ある役職に就いているので普通以上の能力を持っているはずなのだが、どうも本人の振る舞いはそういう部分を消し去ってしまう。私の胡乱な視線に気付いたのかクダリは首をかしげ、その行動すら私の中の「こいつ本当はぶりっこしているんじゃないか」疑惑を加速させる。

「昨日色々あったしその時にでも入ったんじゃない。全く、ちゃんと備品の管理はしなさいよ」
「えへへ」
「……なに笑ってんの」
、やさしいなぁって! ほんとうはちゃんと分かってるのに、あえてそれに触れないところとか。ぼくに気をつかってるのかふだんどおりに接してくれるところとか」
「……!!」

 こ、こいつはぶりっこなんかではない。素だ。素でこれなのだ。だからこそ私はこの裏表のない性格に振り回される。まだ下心満載で近寄られたならば対処の仕様があるが、クダリのこれはそんなものとは違う、まるで突然川の中から現れて”みずてっぽう”を食らわせ驚くトレーナーを見て遊んでいるマリルのような、そんな無邪気さがあるので余計にタチが悪い。

「だってぼくがワザとこれを入れたんだって、もう分かってるんでしょ?」

 ――あえて気付かない振りをしていたのに!!!
 つまりはそういう事だ。クダリはあんな事があった以上、私が暫くはサブウェイに近付かないだろうことを予測していた。だからこそ私の、……まぁ、ある意味真面目というか面倒見が良いところを利用するために私のポケットへとわざとサブウェイの備品を入れたのだ。恐ろしい。
 一歩下がった私をクダリは捕まえ、ぐいと引き寄せられる。……昨日も違和感を覚えたのだが、確信をした。私を見るクダリ、何かがおかしいと思っていたが、その瞳に少し前まで無かったものが映りこんでいる。今クダリを動かしているのはそれだ。どうして今になって、という気持ちもある。だがそれがクダリの本心である以上、私はそれに付き合わなければならない義務がある。それはノボリをクダリから引き離してしまった私の責任だとずっと思っていたし、なによりそうしなければ不誠実だと思うからだ。
 私が口を開きかけたと同時にクダリのライブキャスターが鳴った。私を離さないままクダリはそれに出ると、画面の向こうから怒鳴り声が響いてきた。

『アンタ今どこにおんねん!! 今日は取材の日やって散々言うたよな!?』
「あっわすれてた」
『〜〜〜〜〜!!!』

 音割れするレベルの音量でなにかを叫んだらしい。キーンという耳鳴りが私たちを襲い、思わずといった様子でクダリは電源を切った。

「クラウドこわぁ……うっかりって誰にでもあるよね?」
「今の部下からなんでしょ。私になんて構ってないで早く行ってきなさいよ、サブウェイマスターさん」
「そうだね、……ああ、いや、それよりも来てもらうほうがはやいかも」

 ん? と思いクダリの視線の先を辿るとこちらに真っ直ぐと歩いている人がいた。持っているものからみて、もしかしたらこの人がその取材の記者なのかもしれない。クダリとは顔見知りらしく、軽く挨拶をしてから今から部屋に向かう途中だったがクダリが見えたので直接ここに来た、という話をしているのを私は聞いていて、そこでようやくまだクダリに腕を掴まれたままだということに気付いてさりげなく手を離させる。だが残念! しっかりと記者の人の視界に入っていたらしくは興味津々な視線を送られてしまった!
 そこまで時間がかかるものでもないのでここで始めてしまおうか、という会話を聞いて、私は数人に増えた記者を見て帰ったほうがいいな、と判断をする。が。

「あっ、そうだ! ちょうどいいからみんなに紹介しておくね!」

 私が場違いだからと去りかけていたのを捕まえ、クダリはにっこりと普段と同じ……いや、これは絶対なにかおかしなことを考えている、長年の付き合いでそれを判断できるようになった笑顔を顔に張り付かせ、興味津々といった記者の前で私の肩を抱いて言い放った。

「彼女は。ぼくの婚約者だよ!」

 な、なんだってー!!?



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