Nao pode dormir;
laughingly de riso!!!



「ア、黒ノボスノ彼女ダ」

 ギアスステーションの階段を下りてきた女性を見てそう言ったキャメロンに釣られ、廃人の心強い味方と称されるエリートトレーナのジャッジはキャメロンの連れてきた孵りたてのポケモンから目を離しそこを見、目を見開いた。

「わぁ……素晴らしい能力をお持ちの方ですね! 攻撃と……特攻、素早さも最高の力をお持ちです……! 他にもまだまだポテンシャルを隠されてるようですね……」
「ウエッ!? 君ノジャッジッテ人間ニモ効クノ!?」
「あっいけない! キャ、キャメロンさんこのことは秘密ですよ!」

 うっかりと口をすべらせたように慌てるジャッジに揺すぶられ、キャメロンは目ガ回ルー! と叫びながらブンブンと頷いた。息を整え話を聞くと、ポケモンほど確実ではないが、ある程度人間が相手でも能力のジャッジは出来ることは確かなようだ。だが人間相手だと何かと厄介や事が多く、分別がつく年齢になった頃からは頑なに隠してきたことだった。しかし今回、滅多に見れない高能力の持ち主が目の前に現れ思わず口を滑らせてしまったらしい。縋るような瞳で見つめられ、キャメロンはナニソレ羨マシイ! と思ってしまったことは心の中に秘め、大丈夫大丈夫! とジャッジの肩を叩いた。

「すみません、ありがとうございます……」
「ウウン、確カニ広マッタラ不味イモンネー」

 ポケモンの厳選でも眉をひそめる人がいる中で、人間も同じように能力がはっきりと数値で分けることができるということが世間に認識されてしまうと何が起きるかは分からない。人々が薄らと気付きつつも見ないふりをしている事ゆえに扱いが非常に難しくなることは間違い無いだろう。人間ッテエゴノ生キ物ダヨネェ……と先ほど今まで見たことのないくらいに取り乱したジャッジを見てキャメロンは思ってしまった。
 しみじみと考えていると状況は変化していたらしい、今日のトレインの状況を電子掲示板で見ていたの元にいつの間にかクダリが近づいていた。ジャッジもそれに気付いたらしく、実況を始める。

「引っ張って……耳元で何か言っていますね」
「白ノボスノアアイウ仕草ガ可愛イッテ女性ニ人気ラシインダヨネェ……」
「あっ!?」
「ナンテ見事ナボディブロー!?」
「何を言ったんですかね……」
「ウウム……人ヲアソコマデマジギレサセルナンテヨッポドノコトジャナイノ。今日ノパンツ何色? トカ」
「ただの痴漢じゃないですか」

「あっ、クラウドさんが猛然と騒ぐ二人のところへ」
「オー、クラウドノ”にらみつける”! 二人ノ防御力ハ下ガッタ!」
「クラウドさんの特性:プレッシャーに二人のPPがガリガリと削られていくのが目に見えます!」
「エッ! 白ノボス酷イ! 外道! 黒ノボスノ彼女ヲ生贄ニ逃ゲタッ!」
「さすがに残された二人も驚きを隠せないようです!」
「彼女モ怒リ心頭ノ様子! 気持チハ分カルヨ! オレモ一回白ノボスニヤラレタモン」
「クラウドさんも呆れて怒りが鎮まったようですね……」

「……あの二人は仲が良いんでしょうか?」
「少ナクトモ悪クハナイヨネ」
「ん? ……クラウドさんがこちらへ向かってきていますね」
「エーナンダロ……。……ヤッバ、オレノ休憩時間過ギテル」





「ノーボーリっ!」

 ノボリのお昼休みの時間になったのでスーパーシングルを途中で降りた私は受付で許可証をもらいノボリのいる部屋へと向かい、扉を開けるとノボリの後ろ姿を確認。ターゲットロックオン、、目標へ突撃します!

「はぁはぁお兄さん今日のパンツの色何色? 私は今日はこの前ノボリが顔真っ赤にしながら選んでくれたブルーのフリルやつだよ」

 充電充電、とノボリの体に手を回してぎゅうっと抱きしめ匂いを嗅ぐ。困惑したように身じろいだ気配がしたがまだ恥ずかしがってるの? と力を入れてより密着をするように抱きしめる。ノボリさんはシャイなところは治りませんね、でも私はノボリのそういうところも大好きだから、ずっとそのままのあなたでいていいよ、でもたまに”男性”になるノボリもワイルドで素敵……でもあれ、匂いが、……なんか……違う、と視線を上げると照れているような呆れているようななんとも言えない表情のノボリ……いや、コートは黒だけれどもズボンは白、引きつった笑みを口元に張り付かせたクダリと目が合った。…………。い……いやあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!

って本物のへんたいだったんだね。別れたほうがノボリのためなんじゃないの」
「兄の服を本人がいない間に着る方が変態よ!」
「これはサイズのかくにんのためです〜、痴女とはワケがちがうんです〜」
「ちっ……! だっだれがっ」

 ああもう否定できないところが悔しい!!!

「あははしょうがないなぁぼくがの充電をてつだってあげるよ」
「いやー! 私はノボリがいいー!!」

 にやにやと他の人の前では絶対に見せないような笑顔でクダリは私を抵抗する暇がないくらい素早く抱きしめた。(締め上げ、という表現の方が限りなく近い力の入れ具合だとはここに記す)

「ブルーのフリルってなにさ。えっなにこれ、これをノボリがえらんだの?」
「ぎゃああぁぁ!! いやあぁああぁ!!! 汚されるー!」

 いつでも勝負OK! の意で言った先ほどの言葉をクダリは覚えていたらしく、信じられないことに奴は私のスカートを捲りあげまじまじとその以前嫌がるノボリをランジェリーショップへ連れ込みどれが似合う? ノボリの趣味はどんなの? お客様でしたらこの辛口なレッドのサテンも〜このフリルのものもお似合いですよ〜あっこれ紐を引っ張ればすぐに解けちゃうんですよ〜と寄ってきた店員さんと共に質問攻めにした末何かを失ったようなノボリが選んだブルーのフリルのパンツを……! ノボリのためだけに今日履いてきたパンツを……!

「あんたに見せるために履いてきたわけじゃないんだからァ!!!」
「うわっ危ない。さいきん凶暴性がましたんじゃないの?」
「誰が私を凶暴にさせる行動をとってると思ってんの!? いやちょっと足掴まないでよ! ちょっ、やっ、!?」

 蹴りあげようとした足は今までの何度かの攻防の末クダリは”みきり”を覚えたらしく受け止められそのままクダリは私を強く押し私はテーブルの上へと倒れこむ。

「うわぁガーターまでしてるの。ぼくドン引き」
「やだああああぁぁ! お巡りさあーーーん!!!」

 私に凶暴性が出てきたとすればそれを引き出しているのはクダリだ。こいつ本当最近変態なんだけど!!!? どうしたらいいの私わかんないノボリ助けて!!!! 遂に顔を覆ってしまった私をクダリがどんな表情で見ているかはわからないが、絶対に楽しんでいるということは雰囲気で伝わってくる。抱えられていた膝の下からクダリは手を抜き、解放をしてくれる気になったのか? と私が希望を見出したのも束の間、手袋のざらざらとした感覚が太腿を這い上がる。

「クダっ――」
「”様”」

 流石に悪ふざけが過ぎる、と抗議をしようと口を開きかけたところで、ノボリの声が聞こえて私は口を閉じた。――いや、違う。ノボリそっくりだが、見渡してもどこにもノボリはいない。この部屋には私とクダリしかいないのだ。私がこの部屋に入るときに再三確認をしてその上でこっそりと鍵までかけてきたので間違いはない。だとすると、この声はクダリでしかない。クダリでしかないのに、私は。

「”様。ああ、このような下着を着けてきてはしたない”」
「あんた……なにを」

 ノボリとクダリは一卵性双生児というだけあって本当に顔も声も同じだ。だが幼い頃受けた影響の違いかわざと個性を持たせているのかは聞いたことがないのでわからないが、二人には異なる点が多々ある。だが、どちらかがそれを無くしてしまえば――そう、例えば片方がもう片方を演じようと思えば、それは見分けがつかないほどそっくりになるということだ。

「”このような格好でわたくしのところへ来て……”」
「クダ……」
「”誘っていたのではないのですか?”」

 先ほどまで楽しそうに笑っていた笑顔は消え、今は顔面にドリルライナーでも打ち込まなければ動かないのではないかと疑うほどの気難しそうな顔になっている。いつもの子どもが笑うような声でもなく、冷たいとさえ感じてしまう固い声。出会った頃のノボリと同じ。
 ノボリ……いや、クダリは私を机に押さえつけたまま、太腿、脇腹、胸の横、首、と順番に、ノボリと同じ顔で、ノボリと同じ声で、ノボリのような手つきでゆっくりと撫で上げる。なんで、ともどうして、とも私は言えなかった。やめて、と一言そう言えばやめてくれると確信をしながらも喉が引きつったようになって言葉が出ない。クダリの瞳に映る私は、あの夜のノボリの瞳に映っていたのと同じくらいに……。

「ノ、ボリ」
「”はい。ノボリはここにおります”」

 伸ばした手を優しく握られ包まれ、訳がわからなくなる。クダリは、だってクダリは、なんで、ノボリ。混乱した私を安心させるかのように、何も心配などいらないのだろでも言うかのように目の前の男は私の目を手で隠す。暗闇の中で私は、いつも感じている男の体温を感じている。たどたどしい動き、衣擦れの音、近くにいれば感じる熱。ふわりと、ノボリの匂いが……。
 ――……違う。ノボリはもっと優しい声で、優しい手つきで、壊れ物を触るかのように私に触れる。冷たい声だと、冷たい表情だと感じたのは本当に最初だけ。知っていくにつれ同じに見えた表情も喜怒哀楽に合わせて微妙に変化をしていると分かるようになったし、表情に出ないときは落ち着きがなかったりそわそわしていたりと本人は気付いていないが行動に出ている時もある。からかった時なんて顔を真っ赤にして抗議をしてくるし、私が弱っているときは何も言わずに傍にいてくれた。一緒に過ごした時間が、私とノボリを変えた。目の前がクリアになる。

「”様……”」

 ノボリの顔で、いや、違う、クダリが、クダリが私に顔を近付けてきて――
 ゴッ――、という鈍い音が部屋中に鳴り渡った。骨に振動が響き、突然開けた視界に一瞬目が眩む。

「ばっ……バーカバーカ!! ノボリがそこまで積極的だったら私だって苦労してないんだから!!! それにあんたのモノマネなんて違うところを挙げたほうが多いくらい似てないっ!!! バーーーーカ!!!!!!!!」

 頬を押さえて尻餅をついているクダリに私は子どもか、というくらい稚拙な悪態をついて素早く衣服の乱れを直し部屋から飛び出た。





「……ワルビルちゃあん……あなをほる……やっぱ駄目……やっぱ掘って……ああでも駄目……」

 罪悪感である。そう、罪悪感が私を強襲している。私に無茶振りをされたワルビルちゃん(♂、かけっこが大好きなやんちゃなエース)も普段は周りを見ずに遊び物をよく壊しているとは思えないくらい、どんよりと沈み込んだ私を心配してくれているのか周りをキョロキョロとしながら三角座りの私の周囲をぐるぐると回っている。
 正直心臓に悪かった。あの部屋から飛び出したはいいものの、少し走っただけで目眩がしてまともに歩けなくなってしまった私は目に付いた頻繁に使われていなさそうな部屋へと入りそこで座り込み、今回復に努めている。

 一瞬、流されかけた。クダリをノボリと錯覚した。

「あああああ……っ! なんなの? なんで? 私も馬鹿だけどクダリもあそこまで悪ふざけしなければ私だって……っ」

 悪ふざけ。そう、悪ふざけに決まっている。だって私とノボリが付き合っていることをクダリは知っているし、一悶着あったがそれはもう解決をしているはずだ。ノボリとの仲も順調で、クダリとの付き合いも以前のように顔を合わせれば話したりじゃれたりバトルをしたり、と悪くないはずなのに。
 手の先が冷たい。うまく息が吸えない。ドン、と真横から衝撃を受けてごほっ、っとむせた。視線をやるとワルビルちゃんが私を包み込むようにしていて、ごめんねワルビルちゃん、ありがとう。ダメなトレーナーでごめんね。
 ワルビルちゃんのお腹に顔をうずめて小さくうなっていると、ガチャリと部屋の扉が開き一瞬体が強ばった。それを感じたワルビルちゃんが威嚇の声を上げて、入ってきた人間もこちらに気付いたようなそんな気配を感じた。どうしよう、私関係者でも無いのに勝手に入っちゃった、あ、いや一応来客用のカードは胸にぶら下げているが来客がこんなところにいるというのもおかしな話である。……違う。本当はクダリが追いかけてきたのかもしれないと思ったのだ。どんな顔して会えっていうの。いやだ、会いたくない。ぎゅうう、とワルビルちゃんのお腹に強く顔をうずめていると、ワルビルちゃんは威嚇をやめて私を強くポンポンとあやし何故かボールの中へと戻っていった。え、ワルビルちゃん、と突然支点を失った私はバランスを崩したが、何かに支えられて冷たい床と熱いベーゼを交わすことは回避された。

様、どうされたのですかこのようなところで」
「ノボリ……」

 ――ノボリ、ノボリ、ノボリ……私のノボリ。

「……様?」

 ノボリはいつもとは違う私の様子に何かあったのか、と跪き私と視線を合わせ、私の頬を撫でた。手袋越しに伝わってくるノボリの少し低めの体温がじわじわと伝ってきて、私はようやく深く息を吸えた。

「あーノボリノボリ、ノボリだぁ。会いたかったよこんちくしょう」

 ノボリの胸に飛び込んで胸板に頭をぐりぐりと擦り付ける。マーキングをするように、いや、ノボリの匂いを私につけるように。なんで、どうして、どうして私が来て欲しい時に来てくれたの。ノボリ、ノボリ、会いたかった、抱きしめて欲しかった、暖めて欲しかった。

「……何かありましたか?」

 ノボリに抱きしめられて指の先がジンジンするまで温まった私を見ながらノボリはいつもよりは少し硬い声で聞いてくる。出会った頃を思い出させるその冷たい、瞳。体の奥底まで見透かされてしまいそうでゾクゾクする。

「ううん、何もないの」

 私がそう言うと、ノボリはまだ少し納得のいかない表情をしながらも私の乱れた髪を直してくれる。複雑そうな顔をしながらももう何も聞いてこないのは私がこの件に関しては口にしないだろうという確信があったからだろう。中々にノボリも私の扱いが分かってきている。うん、ごめん。まだ私の中で整理が出来ていないというのと、ノボリのあの冷たい瞳が万が一にもクダリに向くような事態にさせたくないと思ったから。自分で解決できるものは解決したい。それが私の性格である。全てを打ち明けることが私にとっては愛ではないのだ。

「ねぇノボリ、コートどうしたの」

 そこでようやく私はノボリがいつもの黒いコートを着ていないことに気付いた。我ながらテンパりすぎである。

「午前のバトルでコートの端が破れてしまいまして、クダリに繕いを頼んだのです」
「えっ、クダリ裁縫できるの」
「はい、昔から細かい作業が得意でしたので。意外でしょう?」
「そうね……ふふ、ノボリは手先不器用だもんね」

 なるほど。そういえばクダリはノボリのコートを着ていたのはサイズの確認のためと言っていたような気がする。その次に起きた出来事が強烈過ぎて今の今まで記憶から飛んでいた。……うぅ! やだもう色々と思い出しちゃった! あーもう、そうなんだよね。視覚にインプットされた情報(コートの黒、顔の造形)が強くて私あんなガッタガタに揺さぶられちゃったんだよね性的な意味で無く。でもノボリを目の前にしたら分かる。似ているようでいて全然違う。表情のつくり方、視線の動かし方、抱きしめた時の体温、筋肉の付き方も。
 なにやら私は無意識にノボリの全身をなぞっていたようで、気付いたら真っ赤な顔をした手を掴まれノボリにホールドアップをされた。あ、ごめん、つい。と、言い訳を口にしようとしたところで一瞬だけノボリの唇が私の唇に触れる。……。ちゅってアンタ。

様……今晩、わたくしの家に来ませんか」

 それを言われた私の頷きの高速さといったらもう性格一致6Vのポケモンも真っ青な素早さだった。





「いっやらしー! 何にやにやしてんの

 ごふぁ! と乙女ならざりき声を上げてしまった。それもこれも私が帰ろうと階段へ向かっている途中後ろから突然”とっしん”をかましてきた馬鹿野郎がいたからであり、その馬鹿野郎は特性:いしあたまで己へのダメージは0という塩梅である。ふざけんな。
 後ろから飛びつかれそのまま引き寄せられる形で抱きしめられているのにドキドキがここまで無いというのもクダリに対して失礼なのかないや失礼じゃない。と心の中で反語を使いつつ上を睨みつけるように向くと、にこっ! と花が飛び散るエフェクトが見えた、そう言っても過言ではない笑顔を返され、釣られてにこりと笑ったところで流されたことに気付き振りほどこうともがき始めるがそれは徒労に終わった。ど、どんだけ腕の力強いんだこいつ……っ。
 ここまで何事も無かったかのように振舞われるとこちらとしても蒸し返すのはあまり正しくない行為なのではと考えさせられてしまう。今のところ私を触る手には含むところのない、ただのスキンシップのようなのでこの場はよしとする。だがまあ何故ずりずりと人気のないところに引きずり込まれたのか、それを聞いてもいいかいクダリさん。

「帰っちゃうの? スーパーダブルトレインにちょうせんしていってよ」
「だーめ! 私これから用事あるの」
「えー!」

 ブーブー! というブーイングを耳元で叫ばれあまりのうるささに頭突きを食らわせる。だが悲しいかな身長差の所為で私の頭突きは狙いの顔面では無く胸のあたりに吸い込まれたらしく、だが「げほっ!」とダメージを与えられたような声が聞こえたので一応は成功としておこう。

「用事ってなにさ。ぼくよりも大事なの?」
「そうじゃなきゃあんたの相手してるわよ」
「……ふうん?」

 なんだろう? なんだか怒っているような、嬉しがっているような、そんな声だった。でも次に聞こえてきたこおりタイプのような声音に鳥肌が立つ。

「ノボリのところでしょ」
「そう……――っいぃっだ!!!!?」

 肯定をしかけたところで右肩に激痛が走り、思わず大声を上げると口を塞がれた。くぐもった声は白い手袋に吸い込まれ、右肩に生暖かい感触。ズバットにきゅうけつをされているような、そんな感覚が酸欠と混乱で通常のスピードで動かない脳に伝わってきた。噛み付かれて歯型がついたと思われるところをなぞるように舌を這わされ逃げようとしても私に巻きつけられた腕がそれを許さない。頭は左手で、体は右腕で、足は右足と左足の間に足を差し込まれ動かせない。完全に抵抗の術を全て奪われたことを悟った私は、生温い液体が肌を伝い服に染み込むのを感じながら、ぼんやりと血じゃなければいいなぁと、早く終わらないかなぁと願う。
 時間にしたら5分もかかっていない。だが体感時間は1時間とも2時間とも思えた。ようやく解放された私は力の入らない体を支えられベンチに座らされる。

「いつもそんな顔、みせてるの?」

 何かを聞かれたような気がしたが、答える元気は今の私には無い。下を見ながらぼんやりとしていると、機械音のような音がしてクダリがそれに向かって何か答えているのが分かった。

「ごめんね、挑戦者」

 クダリはそう言い、私の頭を撫でてから早足でこの場から立ち去った。
 最後まで顔が見れなかった。疲れ果てて顔を上げる元気が無かったから。どんな顔をしているか知りたくなかったから。……私をこれ以上、見ないで欲しかったから。そっとじんじんと熱を持つ肩に手をやる。

「いたい……」

 今ではもう分からないその表情――さて、彼は果たしていつものように笑っていたのだろうか?


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