「うああああん負けたー!!」

 トランプが盛大に舞う。
 勝った方が昼食おごりです! と意気揚々と自宅の近くのショッピングモールの福引で当てたトランプを掲げては宣言したが結果は惨敗、一流ギャンブラーの腕を侮るなかれギーマは例えそれがババ抜きという普段しているものと比べれば可愛らしいお遊びにも手を抜かないのだ。
 運任せのゲームであるから勝てる可能性は高いと踏んでいたが三回戦中三回とも負けたは自分の散らかしたトランプを集めながらはああと大きくため息を吐いた。三回勝負なので二回戦で負けた時点で既に決着はついていたのだが、せめて一回は勝ちたいと思って最後の勝負を挑んだがもう既にがギーマには勝てないという運命が決められていたらしくこれだ! と決めて引いたジョーカーには撃沈、そして冒頭の叫びへと繋がった。

「きみはババ抜きはもちろん、ポーカーも不得手なんだろうね」
「そっ、それはわたしがポーカーフェイスを出来ないといいことを遠まわしに揶揄しているのですか!」
「おや遠まわしに聞こえたか。ストレートに言ったつもりだったのに」

 いつも貼り付けているレパルダスのような笑顔で容赦なくそう言われ、思い当るところのありすぎるは諦めて財布の中身を確認した。

「……た、高いものは無しでお願いしますねっ」





「こんばんはテクニシャンギーマさん」
「ああ、こんば……ん?」

 夕方と呼ぶには少し薄暗い時刻、昨日ランチを共にしたが入口に立っているのを見てギーマは読んでいた本を閉じた。階段を上がってきたがいつもの様に挨拶をしてきたので返そうとしたが、妙な形容詞が自分の名前の前に付いているように聞こえ、ギーマは思わず聞き返した。

「どうしたんですか? テクニシャンギーマさん」
「いやなに、こんな褒められているのか不名誉なのか判断が付きにくい名前で呼ばれたのは初めてだったものでね」

 対処に困っているところさ、とやや首を傾げつつそう言うと、は隠そうとしているとは分かるのだが全然隠せていないそんな笑顔で「ふ、ふぅんギーマさんにそんな反応させるなんてどこの誰なんでしょうね」と返してきたのでギーマは呆れるべきか和むべきか考え結局深く突っ込むのは止めることにした。がそわそわとしているのはこの際見なかったことにする。

「で? 今日は普通にポケモン勝負をしに来たのかな?」
「えっ?」

 きっとにとっては最大の意趣返しのつもりであったのだろう言葉をスルーされ、は困惑したように声を漏らした。

「ギーマさんがツッコミを放棄するなんて……!」

 きっとなにか悪いものでも食べたんだ! と騒いでギーマと同じく四天王であるシキミのところへと走り出そうとしていたを引き戻し、暴れるをソファへと座らせ自分もその横へと座る。せっかく今日も自分のところへ来てくれたのをわざわざ帰すのも勿体無いように思ったからだ。の様子から言って今日は勝負をしにきたのではなさそうなので、ゆっくり話ができるのかと思いきや素敵な笑顔でがカードを取り出したのを見てギーマは小さく苦笑いした。

「きみはリーグを遊び場だと勘違いしてる節があるな……」
「そ、そんなことないですって! それにちゃんと迷惑にならない時間に来てますよ!」

 の言葉の通り、はランチタイムであったり夕暮れ時であったり、人が少ないだろう時間帯にギーマに会いに来ては勝負をしたりゲームをしたりをして一暴れして帰って行く。確かにそのお陰で今まで他の人間とといる時間にはち合わせたことはないが、まさかがそこまで計算をしているとは知らなかった。それに今は少し前に世間を騒がせたプラズマ団の一件でリーグ内も修理をしているところが多く、正式なリーグ戦はまだ再開されていない。以前よりもここにが来る頻度が高くなっているのはそれが原因だろう。

「ギーマさんが負けるところ、わたし見たことないんですよ」

 自信満々で出したストレートの手札をフルハウスで叩きのめされながらは呟いた。

「確かにイカサマはギャンブルの常套手段だよ。それを含め皆スリルを楽しんでいるのさ」
「つまりはテクニシャン……」
「あまりその称号は嬉しくないなぁ」

 そもそもテクニシャンというのは、元々弱い威力のものを高くするとくせいだ。威力の補正を技術で補うとも言えるが、にギーマ自身がそう思われるのはなにやら癪である。

「それにきみにはイカサマは使っていないよ。使わなくとも勝ててしまうというのも理由の一つだが……」
「さっ、流石に聞き捨てなりません! ならコインで勝負です!」

 は財布の中からコインを一枚取り出し、高く放り投げて左手の甲でキャッチする。右手で強くコインと左手を握りしめながら「表!」と叫んだ。

「じゃあ私は裏だな。……それで何を賭けるつもりなんだい?」
「え?」
「これは勝負なんだろう? ならば何かを賭けなければ面白くないじゃないか」
「え、でも」
「それにこれはきみから仕掛けてきたものでもある。自信があるのならいいじゃないか」
「そ……そうですね! じゃあわたしが勝ったら夕食おごってください!」
「くく、いいだろう。私はそうだな……、先ほどのあだ名は取り消してもらおうか。流石にそれを広められてはきっとカトレアあたりからふぶきのような視線で見られてしまう」
「テクニシャンギーマさん、のことですか? 似合うと思ったのに……」

 まあでも仕方ないか。わたしが勝てばいいことだし、とが右手を取ると紛うことなくその柄は裏を描いていた。……。

「もう一回!」
「おいおいそれは酷いだろう」
「ええーいうるさい! 裏ァ!」
「じゃあ表」
「……お、表………………」
「私の勝ちだな」
「う、うう……! イカサマを使わなくてこれなんて……、天然テクニシャンですね……!? これではテクニシャンギーマさんという名前を変えるわけにはいきません!」

 みっともなく負けを認めないの態度に、いつもの様に呆れられるか文句を言われるかと思ってたが、そんなの予想とは裏腹にギーマの纏う雰囲気が今まで感じたことのないものに変化した。

「ふぅん、あくまでもきみは意見を変えないつもりか」
「あ、あれ……ギーマさん……?」

 なにやら不穏な気配を感じて後ずさろうとするが、身を乗り出してきたギーマにそれを遮られいよいよ逃げ場がなくなってしまう。ギイ、という皮張りのソファの擦れる音に危機感を感じつつも、こちらを見つめるギーマの視線の妙な熱さに動けなくなる。

「きみの認める私の技巧……その体で試してみるか?」

 器用にリボンを解かれて、耳元でささやかれる。左手は掴まれて動かせない。足の間にギーマの右足が入り込み逃げられない。突然の出来事に心臓は先ほどからうるさいくらいに鳴り響いている。
 何かを言おうと思うのだけれども、の喉は上下に動いただけで言葉にはならない。
 パサリ、とリボンがギーマの手から離れた音がやけに大きく聞こた。

「ああ……きみが私の最初の要求を受け入れてくれないというのなら、違うものにするか」

 耳のすぐそばで囁かれ、は過剰なまでに反応を返してしまった。ギーマはそれを見てくすりと笑い、ゆっくりと教え込むようにの耳元に口を寄せる。

「きみが私を受け入れること」
「っ!」

 既に体に力は入らない。すがりつくように握るギーマの袖を離し、はとろんとした瞳でギーマを見返した。間近で見つめるギーマの瞳は、一度絡め取られてしまうともう逃げ出せないほど蠱惑的に揺らいでいる。
 本当はギーマもここまではするつもりが無かった。少し懲らしめてやろうと挑発をしたのだが、予想外にの反応が良かったもので勝負に出たのだ。そしてその勝負の結果は。

「や……」
「うん?」
「やさしく、してください……」
「……了解だ。とことん大事に扱ってやるよ、お姫様」

 こうなることは、きっと勝負をしかけたときから本当は分かっていた、望んでいた。
 それに最初からに拒む気などなかったことなど、きっとお見通しなのだ。


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