自分の電話番号に電話をかけてみたらどうなるんだろう。そんないきなり思いついたアイディアをさっそく試すべくライブキャスターを取り出して番号を入力していく。pppp...。少しドキドキしながら画面を見る。少しだけ呼び出し音が鳴っていける!? と思ったが『相手が通話中です』と画面に出ただけ。そりゃそうだ。今通話ボタン押してるもん。
 なんでこんなことしたんだっけ、ああそうだ暇なんだった、といらないことを思い出して息を吐いた。

 ――pppppp

 ん? 手に持っていたライブキャスターが震えたのを感じて画面を見ると、お母さん、と表示されていた。何か用事かな? と思って電話に出る。

「はーい?」
? 今どこにいるの』
「ポケモンセンターだけど」
『アンタ夕飯時に行き先言わずに出かけるなって言ってるでしょう。外にいるならちょうどいいわ、モーモーミルク買ってきて』

 言いたいことだけ言ってブツンと切られたライブキャスターを上に投げて受け取ってを繰り返して遊んでいると見事にキャッチミスをして地面に落してしまった。すごく嫌な音がしていた気がするけどだ、大丈夫だよね、うん。と冷や汗が知らず知らずのうちに出てきたところでジョーイさんの声が聞こえて、わたしは預けていたポケモンを受け取りに行った。

 そしてその帰り路。

 ――pppppp

 あれ? 何か言い忘れたことでもあるのかな? とライブキャスターの画面を見るとどうやらかけてきた相手は母親ではなく、なにやら見覚えのある番号がそこに記されていた。

 090-XXXX-XXXX

 ……。この番号は私の番号と同じように見えるけれど。いやまさかね、ひと文字くらい違うだろ、と自分を笑って電話に出る。変な電話だったらすぐに切ろうっと。

「はい、もしもし?」
『ザザザ――ザザ』

 ん? 画面を開いても砂嵐が映るだけで、誰が出るでもなかった。さっき落としたのがやっぱり不味かったのか? 修理費っていくらくらいするんだっけ……。

『――あれザザ、つながザザる』

 財布の中身を確認していると、急に声が聞こえてきて驚いて画面に視線を移す。砂嵐のような画面の中に、あまり年が変わらなさそうな背格好の人間が映っていた。

『もしザザし、聞こえ――か』
「…………もしもし?」
『ああよかザザた、ち――と繋がっているんだね』

 途中からやけに綺麗に聞こえるようになって画面を見たけれど、画面は相変わらず部分的に砂嵐、黒い線が入ってるやらで完全に駄目になってしまったようだ。でも使えないほど壊れてるわけでもないらしい。というかこの人誰。帽子をかぶってる、長髪、くらいしか情報が読み取れないんですけど。

「誰ですか?」
『ああ、すまない行き成り。キミとボクは不思議なもので繋がっているようなんだ』
「ごめんなさい知らない人とお話ししちゃだめだってお母さんに言われているんで」

 プツン。切った。だって怖かったんだもん普通に。
 




 家に帰ってから先ほどの行き成り電波な発言をぶつけてきた人からまた電話があったら嫌だなと思い着信拒否の設定をしようと画面を見ると、”090-XXXX-XXXX”、やっぱり見覚えのある数字で紙にメモをして自分の番号と比べてみる。

 ”090-XXXX-XXXX” 

「……完全に一致するんですけど」

 あっれー、電話番号って同じもの無いんじゃなかったっけ……、おかしいなあ、と首をひねって考えても答えなんて出るはずもなく、わたしはその番号にかけなおすことにした。
 ポケモンセンターにいるときも同じことしたけど、そのときは『相手が通話中です』って画面にすぐになったのに今度はまだコールをしている。なんで……とちょっと怖くなりながらも待っていると、

『はい』

 と誰かが出て驚いて切ってしまった。や、やばい完全に悪戯電話をしてしまった。というか電話番号をまちがえて普通に誰かに電話してたらどうしようと穴があきそうなほど自分の電話番号と今電話した番号を見つめるけれど、それはやっぱり同じ番号で、先ほどの『はい』って声、帰り路で聞いた電話主の声と似てたかもしれない。

 ――pppppp

 とかって思っているとライブキャスターが突然鳴り出して心臓が止まるかと思うくらいびっくりした。

「もっもしもし!?」
『ああ、出てくれた。また切られたらどうしようかと思った』
「あー、えっと、さっきは切っちゃってゴメンナサイ」

 謝ると構わないよ、と返してくれて、思ったほど電波でもないのかと少し警戒を緩めた。今の状況がおかしいとは分かっているけど、それ以上に楽しんでいるんだ。

『君の電話番号、090-XXXX-XXXX、合ってるかい?』
「合ってる……。そっちも同じ番号だよね?」
『ああ、通常こんなことはあり得ない。番号を変え、前にこの番号を使っていた人間に間違われることはあるだろうが、同じ番号を同時に二人の人間が重なることは無理だ』
「う、うん」
『ボクは前に一度試したことがある。その時は君につながらなかったはずなんだ。それなのに今日、着信履歴に使っている番号が残っていた。それにかけなおしてみると君が出たんだ』

 しゃべるの早え!! どうしたらそんなにスラスラと言いたいこと言えるんだ! 練習でもしたのか! とツッコミを入れたいのを我慢して、少しずつ何を言ったのかを脳に入れて処理していく。
 えーっと、前に一回わたしと同じようなことを試して失敗、でも今日履歴に番号があって、かけなおしたらわたしにつながった。よしOK。理解したぞ。……あ?

「履歴って言った?」
『ああ』
「一回切るね」

 返事を待たずに切った。わたしの記憶ではあちらが先に電話をかけてきたはずだ。わたしも今日かけてみたけど、その時は通話中だったし。発着履歴を見てみると、わたし宛てに発信、お母さんから着信、わたし宛てに発信、わたしから着信、わたしに発信、わたしから着信、とあった。つまりお母さんからの電話の後に一回自分の番号宛てに電話をしていることになる。覚えてない。
 ええー、そんな馬鹿な。なにこれミステリー? いやホラー? とライブキャスターを投げ捨てたい気分になったが、時間的にお母さんから電話があったすぐ後で、地面に落したときとも重なる。もしかしたらあのときにボタンが押されてたのかもしれない……。

 pppp...

『はい』
「あ、どうも」

 とりあえずわたしが一度自分宛に電話して失敗したこと、ライブキャスターを落として壊してしまったこと、そしてその時にそっちに電話が行ってたことを話した。

「これってミステリーに入るのかな、それともホラーかな」
『高い可能性でライブキャスターの故障でどちらかの番号を御認識している、というものが考えられるが、しかしそうだとしても同じ番号だというのはおかしなことだ。元々電話会社のミスで同じ番号が割り振られたとしても、ボクに今まで一度も間違い電話は来たことは無い。君はどうだろうか』
「……ないなあ」
『僕は割り切れないことが苦手だ。必ず物事には原因があり結果がある。いまのこの状態は結果だけが取り残されていて、原因が何一つ分かっていないということだ。いや原因の一つに君のライブキャスターの故障が挙げられるが、それがこの現象の全て要因でもないだろう』

 あー……なるほど。そういうのが気になる性質でわたしに電話をかけてきたってわけか。まあわたしもこの意味のわからない現象、気になってるし。

「一端思考ストーップ!」
『ん、ああ、どうしたんだい』
「自己紹介、まだだよね」
『……自己紹介』
「たぶんこの現象すぐに理由わからないと思うし、これから何回も電話するっしょ? だから自己紹介。わたしは。そっちの名前は?」
『そうか……意思の疎通と名前の提示によってこれからの関係を円滑にするのか……』
「(なんかブツブツ言ってるけど早口すぎて聞き取れない)」
『ボクはNだ。、君の名前は覚えた』

 ああ、うん……どうも。と微妙な返事しか出来なかったのは仕方ないよね。
 それから暫く色々と話した後、もしかしたらパラレルワールドにつながったのかもしれないね。というわたしの言葉を、Nさんは笑うのではなく真剣に考え始めてこれは不味いと思った。わ、笑ってよ。





 それからと言うものの、わたしたちは頻繁に連絡を交わした。最初こそ唯の好奇心やら謎の解明やらでのやり取りだったけれども、ここ最近では世間話もするようになったのだ。いやあ自分が一番驚いてるよ。意思の疎通が取れるのか心配になった時期もあったからさあ。

『トモダチと一緒に、外に出ることになった』
「へえ、おめでとう?」

 それは旅をすることになったってことだよね? わたしより年上っぽいけど、旅の経験は無かったんだ。箱入りだったのかなあ。まあわたしはこれでも一応旅の先輩だからさあ、何でも聞きたまえ! と言うと、なんだか嬉しそうに笑ったのが分かった。
 ライブキャスターはまだ直していない。直さないと画面が直らないしNの顔も見えないけど、なんとなく直したら駄目な気がするのだ。よく分からないけどNとの繋がりが途切れてしまいそうなそんな感覚。





 君に言っていないことがあった。となんだか沈痛な表情でNが言った。とは言っても表情は相変わらず見えないからそこらへんはわたしのアドリブだ。声音でだいたい分かるしね。
 なんだなんだ、どんな重大発表をしでかすつもりなんだとドキドキしていると、Nは深呼吸をした後に口を開いた。

『ボクはプラズマ団の王様だ』

 ……王様かあー。わたしみたいな頭のてっぺんからつま先まで庶民が何度も電話していい相手じゃなかったってことなのかー。
 というかプラズマ団ってなんだろう。名前から察するに……地球にやさしいエコ活動をしている団体!

『違う』

 わたしの言葉を聞いてばっさりとNは切り捨てた。Nがプラズマ団の活動理念みたいなものを言って、そのために行動してることを教えてくれて、でも中々理解されなくて悩んでることも教えてくれた。まるで悪役の様に扱われることもあると。

 最近Nはちょっとずつ悩み?みたいなものを言ってくるようになった。結構遠まわしな言い方でわたしの意見を聞いてくるので最初は悩みとは分からなくてた、試されてる……! と思ってたんだけど少し前にそれがNなりの相談の仕方なんだって気付いた。なんかちょっとずつ心を開いてくれてるみたいだ。今の言葉も、たぶんもっと深くまで理解? してもらう? ために必要なことだったんだろう。たぶん。いやーまいったね。何時の間にこんなに信頼してくれてんの。
 それにNの様子を見る限りじゃあんまり言いたくないことでもあったらしい。いやびっくりしたよ? でもNはNだし、わたしを信じてくれたみたいだし、勇気出したことみたいだし。応えるしかねえな。

「そうだ、ひとつ言ってなかったことがあった」
『……なんだい?』

 少しだけ緊張した様子で、聞いてきた。

「この黒い線、犯罪者の目に入ってるアレにそっくり」
『…………』

 これはずっと思っていたことだ。他にも左上部分がぼんやりと黒かったり下部分にも黒い線が入っていたが、いつも目につくのはその目の付近にある黒い線だ。いつか言おう、いつ言ってやろうとずっとウズウズしてたので、ちょうどよかった。
 しばらく無言だったNが、急に吹き出してそのまま笑いだした。少しの間それを見てたが、ようやくおさまったのかNがごほんと一つ咳払いをして真面目そうに言った。

『……今の話題でそれを言うのか?』

 ごもっとも。でもわたしに気のきいたことを言えとか言われても困る。そういったデリケートな話題をわたしにふってきたそっちが悪い。

「あっ、なら前に言ってたポケモンの言葉が分かるってのも本当だった?」
『なんだ、信じてなかったのか。酷いな』
「信じろっていうほうが無理があるって。ねえ、ならこの子が今何て言ってるか教えてよ」

 そう言ってわたしの膝の上でくつろいでいたブースターをひょいと持ち上げて画面に映るようにした。いやそうに身じろいだが、気にせずその状態をキープする。

『やめろってさ』
「それくらいわかるって。もっと突っ込んだこと」
『わかったよ。ねえブースター、きみのことを教えてくれるかい?』

 Nがそういって今まで聞いたこともないような優しい声でブースターに聞いたので、本当にこいつポケモンのこと好きなんだなあと思いつつ、はたから見るとNが一人でぶつぶつ言っているような、そんな目の前の様子を観察する。

『……なるほどね。君とブースターはトモダチなんだね』
「あたりまえじゃん。で、なんて?」
『ふふ、そうだなあ……』

 そしてNはわたしとブースターしか知らないようなことを話し始めた。まだイーブイだったころに卵で出会ったこと、進化した後もつい癖でシャワーをしようと思って大惨事になったこと、わたしのまだ知らなかったブースターの最近好きな食べ物。

「やだあ、食べ物の趣味変わったんならそう言ってよ」
『好きな食べ物を知られるとそれしか出さなくなるから飽きるんだって』
「……」

 いや、わたしはよかれと思ってさぶつぶつ。ブースターを覗き見るとくりくりとした目で見つめ返され、ああごめんよ、今度からはちゃんとバランスよく食事の用意するからね、と心に誓う。

「というか……本当に言葉わかるんだね」
『やだな、試したのかい?』
「まあね。いや、まだNがわたしの昔からのストーカーだという可能性も……」
「きゅーん」
『それはないってその子も言ってるよ』
「ちょっと! そんなきっぱりと否定しなくてもいいじゃん!」
『あはは』
「何がおかしいのさ!」
『いやいや。……ああ、本当キミと話してると時間が経つのを忘れるね。もう遅い時間だ』
「あ、本当だ。じゃ、そろそろ切るね。おやすみ」
『いい夢を』

 プツン。電源を切ると画面は本当の真っ黒になる。Nが通話終了を切り出した時、後ろの方からN様、と呼ぶ声が聞こえた。遠かったのか小さな声だったので、Nはわたしが気付かなかったと思ってたようだがばっちりと聞こえてしまった。

「王様も大変なんだねー」

 ブースターを撫でながら言う。首をくすぐると、あまがみされてくすぐったかった。





 Nはどうやら今揺れているらしい。今までこれが正しいと思っていたことを真正面から覆す意見を持ったトレーナーと出会って、自分は間違っているのかと悩んでいるそうだ。ふうん、最近なんか落ち込んでると思ったらそういうことか。

「Nはどうしたいの」
『どちらが正しいのかをはっきりと決めるしかないと思っている。そのためにトモダチを傷つけてしまうのは心苦しいけれど、それしか方法は無いんだ』
「おーおー。結構好戦的だよね」
『その後に信じられる世界があるというならば、ボクはその方法を取るよ』

 なるほどなるほど。これはわたしが何か言ってどうにかなる問題でもないなと判断。でもこれだけは言っておこう。

「それが何であれさ、力づくで何かをしようとしたら誰かが必ず傷付くことは忘れちゃだめだよ」
『……ああ、分かってる』
「前から気になってたけど、わたしのことはあんまり否定しないんだね」

 結構好き勝手にしゃべってるし、Nの考えなら否定できそうな考えも持ってると思うんだけど。

『そうかな。そういえばそうだね。不思議な繋がりで繋がっている君のこと、どこかで信じれていない自分がいるからかもしれない。本当に君は実在しているのか?』
「おい」

 電子の妖精さんかわたしは。科学が得意みたいなこと言ってたから、この同じ番号なのに他人につながる現象が理解できないし本当は認めたくないんだろう。もしかしたらライブキャスターの故障によるバグで発生した0と1の集合体だと思われているのかもしれない。なにそれこわい。

『冗談だ。本当は君が実在することを願っているよ』





 暫く音沙汰がなかったNから電話が来た。久しぶりに見る数字に心が躍る。

『ボクは旅に出るよ』
「へ?」

 もう旅に出てなかったっけ? という疑問をあちらも分かったのだろう。おそらくは、少し笑ったのだろう、うれしそうに説明をしてくれる。

『今までボクがどんなにザザザ狭い視界でこの世界を見てきたのか、それをザザ思い知らされてね』

 またノイズが入り始める。それほど乱暴に扱った覚えは――ほんの少ししかないのに、耐久性が低いんじゃないかこの機械。

『ボクはボク自身をザザザ成長させるため――ザザッびに出るよ』
「へええ……、少し前まで、死にそうな顔してたのに、今日はやけにすがすがしい表情なんだね」
『あれザ? ザザてるのかい?』
「いや、相変わらず真っ暗だけど、声聞けばわかるって。どんだけ話してると思ってんのさ」
『そうザザね、ガガッ思えばたくさん話を聞いてもらザザザ』

 そろそろ不味いかもしれない。本格的に聞き取りにくくなって、もう一度言ってもらおうとしたが、Nはかまわずに話を続けたので、もうこちらの声は聞こえてないのかもしれない。

『ザザあ――とう。ザザザキミのおかげ――ザザでボクはプツッ』

 切れた。キミのおかげでボクはどうなったんだよ。
 もともと調子が悪かったのに加え、完全にバッテリー切れだ。急いで充電器を探してコンセントにぶっさし、プラグを充電穴に入れる。

 pppp...

 ほんの少しだけ呼び出し音がして、すぐに切れた。『相手が通話中です』だって。なんだそれ。なんだか力が抜けて、床に座り込む。まあ、普通そうだよね。今までのことすべてが夢だったんじゃないかという気すらしてきた。だけど、夢じゃなかったということがしっかりと履歴に残っている。

番号 090-XXXX-XXXX
着信:97件
発信:108件

 しかしこの件数には自分でも引いてしまうな。最後の会話を思い出す。キミのおかげでボクは。この先に続く言葉はきっと前向きなものだったんだろう。それくらい彼の声色を聞けばすぐに分かった。だけど折角なので最後まで聞きたかったという気持ちももちろんある。まあそれは無理だったのだから仕方ない。それに、わたしもこれから旅を続ければもしかしたらあの人と会える日もいつか来るかもしれないし。いっぱい話したいことがある。顔は知らないけれど、きっと気付く。あんな特徴的な色と髪型の人、そうそういないしね。

 さあて、そろそろライブキャスターの修理にいかなくちゃ。


彼らの常は 日常でした。 inserted by FC2 system