「アーティさん! 今度の展示会の作品今日仕上がるって言ってたじゃないですか!」

 夕方。道の真ん中。大声。
 大きなビルが立ち並び、雑多と言っていいほど多くの人が集まるこのヒウンタウンの中でもその3コンボを以てすると多くの人間の視線を集めることが可能となる。人々はその声を主を認識すると、ある者は慣れているかのように視線を外し最初の目的のため足の動きを再開させ、ある者はやじ馬根性か事の成り行きを見守るべく少し離れたところで足を止めた。

 ヒウンタウンには芸術をこよなく愛すジムリーダーがいる。ジムリーダーだけではなくアーティストとしても名が知られている彼は、既に何度か個人の展示会を開いており、そのたびに多くの人から支持を集めている。しかしそんな彼も作品作りに行き詰ることは当然あり、そんなとき彼は彼の生まれ故郷であるシッポウタウンに戻りリフレッシュをする。それは知る人は知っている公然の事実であり、今日も彼は息抜きと称してシッポウタウンへと赴いていた。
 そのこと自体は特に問題のあることではない。いくつ肩書きがあろうとも彼は一人の人間であるし、虫ポケモンの使い手である彼にとってヤグルマの森も居心地がいいのだろう。

「昨日もシッポウタウンに行って、リフレッシュできたから今日仕上げることができるって言ってたのに、なんで今日も出かけてたんですか! ジムに行ってもアーティさんいなくて、すごくびっくりしたんですからね!」

 大声でまくし立てながら詰め寄られ、アーティは両手をあげて後ずさりした。他の人間の視線もあり簡単に逃げ出せなくなってしまったので、それがの計算だったらすごいなあと呑気に考えていると、それに気付いたらしいにものすごい形相で睨まれた。

「んぅん、いいねその表情! ちょっとスケッチしていい?」
「駄目です! そんなことするくらいなら今週末納期の作品を! 仕上げて! ください!!」

 大げさにポーズを取りながらアーティがスケッチブックを広げようとするのを阻止し、はアーティを引きずりながらヒウンジムへと連行した。強引なちゃんも嫌いじゃないよお、と言いながらついてくるアーティにため息をつきながらはジムの扉をくぐり、関係者以外立ち入り禁止の扉を開けてジムリーダーの部屋へとたどり着いた。

「やっぱりこの部屋は落ち着くねえ。アロエねえさんのところもヤグルマの森もだあいすきだけど、ここに来ると帰ってきたって思うよね?」
「そんな悠長なこっ」

 言葉をさえぎるように唇をアーティの指で抑えられ、は一瞬息を止め、少し距離を取った。そしてアーティは大仰な動作で悩んでいるようなポーズを取り体をくねらせた。

「んうん、なんだかねえ。やる気が出ないんだよ」
「なんですと!」

 ここ最近のリフレッシュはなんだったんだー! と首から変な音が出るくらい勢いよく振り返るとの心境と反比例するかのように上機嫌なアーティがいた。にこにことアーティが笑っているのを見て、なんだかは嫌な予感がして変な汗が背中を伝った。

「こっちにおいで?」

 ぽんぽんとアーティが叩いたのはどう見ても彼の足だった。こっちに来い、ということは足の上に乗れ、ということだ。アーティを凝視して、は少しずつ後ずさる。

「い、いやです」
「いやなの?」
「い……いや……です」
「そっかぁ、いやなのかあ。もしちゃんがボクの膝に来てくれたら、きっとすっごいやる気が出てボクの手も筆を持ちたくなると思うんだけどなあぁ」
「乗らせていただきます!!」

 作品>恥じらいの反射的な行動だった。

「ん〜、やっぱりいいねえ。これは癒されるよお」
「そ、そうですか」

 膝に乗るのさえ今では恥ずかしいのに、ぐりぐりと抱きしめられてはいっぱいいっぱいになりながら返事を返した。

「ア、アーティさん、そろそろ」
「聞こえないな〜」

 ああああだからいやだったんだあーーー! とは爆発しそうになりながらもアーティのされるがままになっている。せめてもの救いはアーティの触り方に性的なものが含まれていないということか。アーティはを愛玩動物を愛でるように触り撫で抱きしめもみくちゃにする。
 しかし逆に、そのことがを苦しめているとも言える。

「う、うう……アーティさん」

 アーティの作品はすばらしい。人柄が作品に反映されているのか見るものを惹きつける力がある。アーティにファンは多く、もその中の一人だ。初めてアーティの作品を見たのはが美術館に就職して初めての展示会で、あの時は時間も忘れて見惚れてしまい怒られてしまったものだ。
 芸術家には変わった人間が多い。と初めてアーティと会ったときに思ったものだった。しかし今では近くに居るだけで自分の鼓動がアーティに聞こえてしまうのではないかというほどに高鳴ってしまう。なのでそんなの気も知らずいつも充電〜や癒し〜などと言ってアーティが密着してくるのだって心臓が破れてしまうのではないかと恐れている。
 いっその事、アーティにもそういう下心があってくれればとて割り切って身をゆだねることも考えるのだが、ペットだよな〜これはペットの可愛がりかただよな〜とは嬉しいのか悲しいのか自分がどっちの感情なのかたまに分からなくなる。

「やる気は出ました?」
「出てきたねえ。ありがとーちゃん」

 ようやく開放され、勿体無い気持ちとほっとした気持ちとが混ざり合っては自分の顔の赤さを誤魔化すようにアーティから離れた。

「お茶、淹れますね! アーティさんも早く仕上げに入っちゃってください、いつも女の子にこんなことしなきゃ駄目とかは、駄目ですからね! わたしだから訴えられないんですからね!」

 あれ、わたし何言ってる? と自分自身の言ったことに疑問を抱きながらもティーセットを用意しお湯……と水道のところへ行こうとして、何故かアーティかすぐ近くまで来ていることに驚いて足を止めた。
 あれ? と思って見上げると、いつもの笑顔なのにいつもとは違うような、そんな不思議な表情をアーティがしているのを見て思わず見惚れてしまった。

「ん〜? こんなことするのは、ちゃんだからだよお」

 何かとんでもないことを言われた気がする。先ほど離した距離もあっという間に詰められ、アーティに間近で見つめられて何か答えなければと思うのだが何も言葉が出てこなかった。そんなの様子に気分を害したそぶりもなく、アーティはの前髪を撫でるように上へ上げて額にキスをし更には硬直してしまった。
 アーティさん、作品、今週末、キス、展示会、といろいろな単語が頭の中を過ぎったが、最後に出てきたのは「アーティさんが好き」という感情で、真っ直ぐにアーティが見れずには俯いた。
 なに、なんだこれは、なにが起こってるんだ。と自問自答するが答えは一つだ。

「大好きだよ。すっごくすき」

 手を握られて一気に全身汗が出た。あああ今わたし手汗すごいんでちょっとそれ以上はあっあっそんな風に掌撫でないでくださいああ駄目っやめないでえ! との脳内は色んな欲望でいっぱいいっぱいだ。
 どきどきする。もう心臓は破れているかもしれない。顔を上げるとアーティと目が合った。の言葉を待っているように見えて、顔の赤さはもう誤魔化しようがないのを自覚しながらは今までの気持ちを伝えようと口を開きかけて――

「あ」

 あ?

「うわああ、いま、すっごいインスピレーションがわいちゃった。おおいヨウスケくん! すぐにあれの用意してくれるかな!」

 先ほどまでの雰囲気はどこにいってしまったのか。先ほどの艶やかな雰囲気はなりを潜め、そこにはやけにキラキラとしたアーティと今の状況を把握しきれれず呆然としているが残された。

「アーティさん! はい、準備はいつでもできてます!」
「さっすが! ボクもすぐに行くからちょっと待っててね!」

 がいきなりの展開についていけずにいると、お前絶対近くで聞き耳立てていただろう、というような距離にいたとしか思えない早さでヒウンジム一番のアーティっ子ヨウスケが現れ、またすぐにジムの中に作られているアーティの創作部屋の方向へと引っこんでいった。
これは一体どういうことなのだろうか。いや、大丈夫だわかっている。つまり私は芸術に負けた。分かってはいたが、分かってはいたが!

「アーティさん!」
「すごいや、本当きみと一緒にいるとどんどん世界に色がついていくんだ! あのね、ボクの目下の目標はこのジムの絵を全部ちゃんとポケモンからもらったアイディアでいっぱいにすることなんだあ。ね、ちゃん、これって素敵なことだと思わない?」

 キラキラキラキラ。そんなエフェクトがかかっていてもおかしく無い、そんな素敵な笑顔でそんなことを言われ、は文句を言おうとしていた唇をぱくぱくと震わせこの人には一生勝てないんだなと悟ったのだった。



 アーティがとの触れ合いの中で閃いて作り上げたその作品は、展示会の中でも高い評価を受けたのは言うまでもなく、今では彼の自慢の作品の一つとしてヒウンジムの中に飾ってある。もちろんそれを見るたびにが赤面をする羽目になるのと同時に複雑な気持ちになるということは、当然のように言うまでもないことである。


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