目が覚めるとベッドの中に女性がいた。それが恋人であったならば男はその柔らかい体を引き寄せて再び眠りにつくのだろうし、まだ甘えたな妹であったならば兄離れの心配をしながらも起こさない様にと気遣いをしたのであろう。しかしこの男には恋人や妹と呼べる関係の人間は居らず、行きずりの女性と関係を持ってしまったのかという考えに支配され完全に固まってしまった。

「ん……」

 女性が寝返りを打ち、見えていなかった顔が見えたことでその絶望はより深いものとなり頭痛までしてきた。知り合いである。ああ、こうなってしまったことで今までのような間柄には戻れないのか、やはり責任は取るべきか、責任を取るとなれば今までのような地面に足のついていないような生活ではなく地盤をしっかりと立てて堅実な生き方を選び家は静かな場所へ一軒家、子供は最初は女の子そしてその子が大きくなってから男の子、ポケモンと子供の明るい声が満ちたそんな家にしよう――幸せにするよ。
 一気にそこまで考えてようやく女性が目を覚ましていてまだ状況が理解できていないようにこちらを見ていることに気付いた。

「……ゲン、さん」

 ここでおはようと言うべきなのか、幸せにするよと言うべきなのか迷った末にゲンは無難におはようと口にした。もごもごと腕の中で女性がおはようございます、と言った時点でようやく自分が思い切り彼女を抱きしめていることに気付き腕を解こうとしたが、「寒い……」という彼女に再び抱きしめられる形になった。
 どうすればいい、自分にはこうなった経緯が全くわからない。素直に彼女に聞けばいいのか、しかしそれは流石に失礼になるのではないか、いやだからと言ってこのままにしておいても何も進展しない――ぐるぐるとそう考えながら、ゲンは自分たちが二人ともしっかりと服を身につけていて、周りを見渡してみてもあまりそういったことをしたような形跡が無いということに気付いた。
 これは、もしかしたら自分が思っていたようなことにはなっていないのではないか。ようやく回り始めた頭でそう考えると、そちらのほうが無理のない展開だと思えてきた。先ほどまで寝ぼけていて忘れていたが、彼女――が昨日鋼鉄島でのバトルに精を出し過ぎて終電を逃しゲンの暮らしている家へと泊まっていったこと、そして当然寝床は分けたことを思いだした。
 それならばきっと、彼女が寝ぼけて自分のベッドへともぐりこんでしまったに違いない。今はまだ寝ぼけているようだからそのことにも気付かずにいるようだけれども、流石に今の状況はまずいだろう。そっとの腕を外してから言った。

「無防備に、抱きつくべきではないよ。……私も一応男なんだから」
「……? でも一緒の布団に来るかいって言ってくれたの、ゲンさんだよ」

 心の中で頭を抱えた。そう言われれば昨日の夜はブランデーの入ったミルクを飲んでから寝たからか、頭がぼんやりとしていた。一度目を覚ました気がするが、その時に自分がなにをしていたかは全く覚えていない。しかしその中で、確かに何かあたたかいものがベッドの中へ入って来たことは覚えている。


「ゲンさん、あたたかい」

 そう言ってはゲンのささやかなる抵抗などお構いなしにより密着する形で腕に力を入れた。細い腕のどこにそんな力があるのかと思うのと同時に、女性特有の柔らかな感触――一般的には乳房と呼ぶ――をこれでもかというくらい押し付けられて余計に身動きが出来なくなってしまった。
 ゲンの独特な雰囲気や話し方を見て、大抵の人間はゲンを浮世離れした世俗に囚われない人間なのだと思うのだが実際のゲンは積極的に ”そういうこと” に関心を持ち行動をしないだけで、性別を男だと決められている時点でそれ相応の感情がそこにある。簡単に言えば性欲であるが、その感情があるからと言って行動に移せるキャリアやテクニックが今までの仙人的生活の所為で不足しているので固まるしかないのである。しかもその相手が少なくとも憎からず思っているような女性であればなおさらだ。





 完全に目の覚めたは一言ゲンに謝ったのだが、次に続いたゲンの「でもなにも無くてよかった」という、一見を思いやっているような言葉に眉を寄せた。こちらのうっかりミスで終電を逃したのは計算ではないが、ほいほいと誘われるがままにおうちにお邪魔したのは少なからず下心があったからだ。

「ゲンさんはもっとわたしを警戒するべきです」
「警戒?」
「そうです、貴方に鉄壁の理性があっても、わたしにそれがあるとは限らないじゃないですか」

 怒ったようにふいと視線を逸らしては少しぬるくなったホットチョコレートに口を付けた。が着替えている間にゲンが淹れてくれたものだ。
 ぼんやりしているとしても、布団の中へを誘ったのは他ならぬゲンだ。ゲンならば手を出すことは無いと思いながらも期待をしていたのも事実。やはりと言うべきかなにもされなかったがゲンのぬくもりが気持よかったのでそのまま心地よく眠ってしまったが、個人的に複雑な気持ちである。

「警戒と言っても、私がどうして君を警戒しなくてはならないんだ」
「……」

 むっとした。確かに女の方が男を警戒するというのがポピュラーであるが、そんな言われ方をされては必死になってアプローチをかけてきたこちらの立場が無くなってしまう。ゲンはに自分は男だから、と無防備になるなと言ってきたのに。とて馬鹿ではない。好きでもない相手にあのような軽率な行動はとらない。断固抗議をしようと思い口を開きかけたが、その後に続いたゲンの言葉に強制的に口を閉じさせられた。

「きっと私は、にならば何をされてもいいと心の底では思っていたのだろうね」

 そう言ってからゲンは自分がなにを言ったのか気付いたように少し頬を赤く染めて、「な、なにを言っているのだろうね、私は……」と呟いた。は少しぽかんとした様子で固まって「本当に何を言っているんですか……」とゲンに負けず赤い顔で身を乗り出した。反射的にを受け止めたゲンの手が、を引かせないように引き止めているとしか思えなかった。

「……キスを強請っているようにしか見えないです。ゲンさん、貴方はもっと自分の行動に責任と取るべきです」

 そう言ってはゲンに柔らかくキスを落とした。ほんのり香るチョコレートの香りに頭の中の抵抗の二文字を掻き消されながら、と出会い、ベッドへと引っ張りこんだその瞬間からこうなることは必然だったのだと悟るのだった。




―― 交わりたがる平行線 ――
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